ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
「梅林先生、那智をお願いします」
心理療法担当医、梅林 麻子に声を掛ける。
彼女は三十代前半の比較的若い女医。
那智や俺の育った環境、性格、関わった事件と心意状態を十二分に理解してくれている。心理療法を受け始めて日が浅いものの、那智が梅林のことを嫌がらず、真面目に心理療法を受け続けているのは梅林の手腕があるからだと思っている。
梅林は柔和に頬を緩めると、任せてほしい、と言って那智に視線を向けた。
「那智くん。お兄さんが迎えに来るまで、先生といっしょにお茶会よ。数十種類のハーブティーを仕入れてきたから、二人で飲み比べしましょう。お兄さんが喜んでくれるハーブティーを見つけないとね。よく眠れるハーブティーを探しているんだっけ?」
うんうんうん、那智は何度も頷いた。
どうやら弟は俺が眠れていないことに気づいているようで、とびっきり眠れるハーブティーを見つけたい、と身振り手振りで示した。
那智のやりたいことを先んじて察し、それに応えようとする。
これだけで梅林がどれだけ手腕の持った女医かが分かる。
なにより、梅林は俺と那智の行動を決して否定しない。
例えば別れ際、家族を置いていく行為に俺の方が耐えかね、弟につよい愛情を求めた。置いていくのは俺の方なのにひとりになるような気がして、半ば強引に那智と唇を重ねた。
梅林はそれを止めることもなく、微笑ましそうに見守る。
そこに偏見も否定も何も宿っていない。成り行き付き添いの福島なんて、すげぇ顔で俺達を見守っていたのに、梅林はただただ見守るだけ。
俺達がどれだけ依存し合っているのか分かっているからこそ、否定も偏見もないのかもしれない。
「お兄さん。いってらっしゃい。今度は那智くんといっしょにお茶会に参加してね」
心理療法室を出る間際に投げられた言葉には温かさが宿っている。そんな気がした。
「あんた。ちょっと見ない間に、ド変態が増したんじゃない? いつの間にキスする仲になったのよ」
病院の駐車場に移動した俺は、福島の車に立つと助手席のドアを開けて、それに乗り込む。
運転席に座る福島は煙草を取り出す俺に、「窓は開けてよね」と釘を刺し、弟に対する執着心を揶揄してくる。
俺は窓を半分程度開けると、迷わず煙草を銜えてそれに火を点けた。
「さあな。憶えてねえよ」
「まさか体を重ねたなんて」
「さすがにそこまではやってねえよ。ただ弟にセックスの許可は得ている。やろうと思えば、いつでもやれる」
「あんた、まじで言ってんの」
「気色悪いか? 遺憾なことに俺は他人と触れ合う方が気色悪いと思うタチでな」
気が乗ればいつだって実行に移せる。
実行しないのは俺がそこまでセックスに対して乗り気じゃないから。
那智相手に興奮するのは確かだが、心から興奮するのはいつだって那智が泣きじゃくって俺を求める時。助けてと手を伸ばして来る時。他人に怯えまくって俺の後ろに隠れる時――これは劣情からくるものじゃない。欲情と渇望からくるものだ。
セックスってのは、手前の性欲を満たすための行為だが、俺は性欲より欲情が強い。
那智に触れられる行為は嫌いじゃないし、むしろ求められる安堵感があるものの、飢えに飢えた欲情はあまり満たされない。
セックスすることで支配欲は満たされそうなんだがな。
先日前戯で思いっきり焦らした時だって那智の奴、本気で泣きじゃくって俺を求めてきた。触ってほしいと、中途半端な戯れはつらいと縋ってきた。あの姿は大興奮したが……心のどこかで相手は中坊だから手加減しろ、と一丁前に兄心を抱く自分がいたわけで。