ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
向かい側のパイプ椅子に座った親父は、挨拶代わりに俺を睨んできた。
愛娘の隣に俺みたいな男が座っていることが、たいへん許しがたいようだ。ひでぇな。俺も一応、お前の息子なんだけどな。
親父の性格上、俺と目が合った瞬間、喚き散らしてもおかしくないが、福島が隣にいることで、なけなしの理性が働いているようだ。睨む程度で留まっている。
とりあえず、嫌味でも投げてみるか。
「留置場の暮らしは快適そうだな。イカしたツラになってるじゃねえか。親父」
「治樹っ、貴様……朱美と付き合っているのは本当か」
見事に嫌味をスルーされた。
なるほどな。俺の嫌味より、娘の身の安全が気になるってか。
「個人の付き合いに口出しされる筋合いはねえと思うんだがな」
「質問に答えろ」
拘束されている身分にも関わらず、上から物を言う。
命令口調は昔から変わらねえな。
「そうだと言ったら、お前はどうする?」
柔和に微笑んでやると、親父の腰が浮いた。殴り飛ばしたい衝動に駆られたようだ。
なおも思い留まっているのは、福島に無様な姿を見せたくないがゆえの親心なのかなんなのか。ああ、面白れぇ奴だな。親父は。
「まっ、正しくは『お付き合い』じゃなく、『籍を入れる』予定の関係だ。俺と福島は戸籍上、それが許される間柄だからな」
福島に目を配ると、「予定は来月よ」と、しごく真顔で親父に籍を入れる予定を伝える。
親父にとって入籍は青天の霹靂だったようだ。
福島に対して取り乱したように、よせ正気か。この男と半分血が繋がっていることは知っているだろう。これに騙されている。お前は利用されているだけ等など、親のツラで訴えた。
福島は気色悪そうに親父を見つめるだけで何も答えない。
口を挟むだけ無駄だと踏んでいるんだろう。
「治樹、お前の興味は那智だけにあるはずだ」
おっと、矛先がこっちに向いてきた。
俺は当たり前だろうと笑い、親父の言葉を肯定する。
「俺にとって弟がすべてだ。那智がいてくれたから、何が遭っても俺は歯を食いしばって苦痛を耐えられた。これからも、俺はたったひとりの弟を愛し続ける。那智を狙う輩がいたら身を挺して守るし、誰にも近づかせさせない。大事に大事に部屋に仕舞っておくさ。身の回りの世話だって怠らねえ。那智は俺のだ」
「お前……弟を支配している自覚はないのか」
「支配? 親父なに言ってんだ。これは那智に対する愛情だ。愛しているからこそ、那智のすべてを掌握しているだけ。那智は俺の気持ちを分かってくれているよ。そして福島も俺の性格は熟知している。俺の心が那智にしかないことも十二分に知っている。そのうえで、俺たちは入籍の合意をした。なんでだと思う? 壊れない家族を作るためだよ」
面食らう親父に、俺は意気揚々と語る。
俺と那智は親父にとって『不倫の子』だったゆえに、誰に守られることもなく、愛情の「あ」も与えられない銭ゲバのババアの下で暮らし、恋人共々虐げられた。最初から家庭が壊れていた。家族の「か」もなかった。
一方、福島も親父にとって『正しい子ども』だったがゆえに、不倫を皮切りに家庭は崩壊。両親は離婚の末路を辿った。父親にいたってはフダ付きの人間となった。家族はバラバラ。
ああ、かわいそうに。正しい子どもですら家庭が壊れてしまったのだから。
これは誰のせい? 子どものせい? もちろん、大人のせいだ。
だから、俺たちは手を組んだ。
壊れない家族を作り上げるために。
「福島も俺も壊れない家族がほしい。誰にも傷つけられない、奪われない、壊されない家族がほしい。だが、それは容易じゃねえ」
一般的に家族っつーのは他人同士が惹かれ合い、子どもを成して、子孫を繁栄していく構成。他人に興味がない俺にとってそれはあまりにも難しいし、親の裏切りによって家庭崩壊を目の当たりにした福島にとっても他人と繋がるのは躊躇いがある。
なら他人じゃなければいい。
半分血が繋がった俺たちなら、壊れない家族が作れるはずだ。