ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
閑話休題。
親父はババアに金の利用目的を共有し、ふたりで株式会社チェリー・チェリー・ボーイに依頼を出した。ババアにとっても、俺の存在は恐怖対象だった。下剋上した時、不良たちと随分痛めつけたのだから、そう捉えられても仕方がないことだった。
とはいえ不倫の子ども、特に長男を落とすのはそれなりに準備を要する。
長男は喧嘩がつよく、他人を痛めつけることに快感を覚えている男。痛みに対する恐怖が一切ない。正面から落とそうとしても、まったく手ごたえがないやもしれない。
だから。
「テメェらは俺の弱点である『弟』を狙うようオプションを付けた」
泣き虫毛虫でからっきし喧嘩に弱い、おとなしい那智を狙うことで、俺に精神的なダメージを与えたうえで始末しようとした。
一変して地を這うような声で親父に詰問すると、素っ気なくイエスの答えをちょうだいする。
「くそったれが。ストーカーのオプションを付けやがって」
たっぷりと含みを込めて悪態をつくと、親父は少しだけ眉を顰めた。
「オプションを付けたのは確かだが、那智をストーカーするよう依頼した覚えはない。ストーカーをしてしまえば、警察に駆け込まれる可能性があるからな。現にお前らは警察を頼っただろう? あまり表沙汰にしてほしくなかったからな」
俺の推理は当たっていたようだ。
一連のストーカー事件は、鳥井を筆頭にチェリー・チェリー・ボーイが噛んでいるわけじゃねえ。あくまで鳥井は那智を追い回し、通り魔として那智の命を狙おうとしただけで、ストーカーという地道な嫌がらせには関わってねえんだ。
おおよそ鳥井は通り魔事件を二回起こそうとしている。
一回目はストーカーが始まった日。那智が変な男に追い駆け回されていると泣きついたあの日、鳥井は那智を殺そうと思った。が、しくじって未遂に終わった。
だから二回目の通り魔事件を計画。実行に移した。
(ストーカーは別に犯人がいる。べつに)
それは俺たち兄弟に殺意を持ってストーカーをしていたのか。
それとも何らかの思惑があったのか、いまの俺じゃ判断しかねる。
「表沙汰にしてほしくなかったくせに、わざわざ花屋の前で通り魔事件を起こすようオプションを付けた理由は?」
「並大抵のことじゃ、お前は動じないからな」
「そりゃどうも。あんたがガラス越しなのがしごく残念だ。許されるなら今すぐにでも、その指を折ってやりてえぜ」
一瞬にして頭に血がのぼった俺は、勢いよくパイプ椅子を倒して親父を睨む。
煮えたぎった感情を抑える術が見つからない。
「下川。落ち着いて」
「落ち着けるか。こいつは、那智をっ」
「那智くんのことで熱くなるのは、あんたの良いところであり悪いところよ。わかりやすい弱点になっていることを自覚して」
盛大に舌打ちを鳴らし、俺は倒したパイプ椅子を起こして、それにどっかりと座り込む。
親父の恨みは大半が俺に向いているはず。
なのに、那智を狙うなんざいい度胸だぜ。くそが。あいつは何もしてねえ。親父やババアの支配を覆したのは俺なんだから、俺に矛先を向けりゃいいものを。ああ、イライラする。
「親父、もういくつか聞きたい。あんたはなんで、金が払えなくなった? チェリー・チェリー・ボーイに違反するつもりはなかったんだろう?」
「どさくさに紛れて芙美子がネコババしたんだ。金は三千万ずつ、折半して管理していたが三千万ごっそり奪われた」
「折半? ババアに金を使われる危険性は考えなかったのか?」
「託した金を芙美子が使うのは無理だ。アタッシュ型の金庫ごとあいつに託したんだからな。暗証番号を知らなければ、それはただのアタッシュケースにすぎん」
「金が使えねえなんざ、ババアがキレそうだな」
「事が落ち着付けば暗証番号は教えると約束を取り付けおいた。いつ、教える期日は設けなかったがな」
「チェリー・チェリー・ボーイ以外の会社に依頼した記憶は? 二重契約したことになってんぞ、あんた」
「ただでさえ依頼は高額だったんだ。身に覚えはない。なにより、そういう世界の二重契約は命取りだ。ああいう業界にとって、二重契約ほど裏切り行為はない」
「……あんたじゃないのか。二重契約したのは」
てっきり親父が念には念を入れて、二重契約の選択肢を取ったと思っていたが、この推理は外れたようだ。
となると、二重契約をしたのは。
「二重契約は少なくとも私じゃない。芙美子ならあり得るだろう。あいつは金にがめつい。一千万超が消えることも、ずいぶん渋っていたからな」
「使えないとはいえ、三千万はババアの手元にあったんだろう? それで十分じゃねってか?」
「お前は芙美子の欲深さを知らんな。六千万と三千万、選ぶなら前者を芙美子は選ぶ。どんな手を使ってもな。より安い金額で済むならそれに越したことはないだろう」
「……あんた、二重契約の罪を背負わらせてんじゃねーか」
「芙美子ならやりかねないな。私を消したいのかもしれない」