ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
想像以上に親父はゲロってくれる。
どこか投げやりで、どこか真面目に答えくれるのは、チェリー・チェリー・ボーイに違反して狙われている身の上。留置場に拘束されている現状。愛娘を守りたい気持ちが全面的に表に出ているせいなんだろう。
いっそチェリー・チェリー・ボーイを逮捕してくれ、と思っているのかもしれない。
まあ、こんな状況になったら、そう思っちまうのも分かるが……。
(ババアのことは聞いても無駄だろうな。親父も居場所は分からないだろう)
分かっていれば、ネコババされた時点で金を取り戻しているだろう。
念のためにババアの居場所を聞いたら、案の定の答えだった。
最後に会ったのは、金をネコババされる前日。親父が仕事場としているマンションの部屋で事務的に会話をして終わったそうな。
ちなみに消えた三千万は元々親父の車のトランクに隠してあったという。書斎の金庫に隠しておかなかったのは万が一、元妻が法の力を借りて奪い返す未来を危惧してのことだとか。
トランクに隠していた金もアタッシュ型の金庫に入れていて、暗証番号は親父しか知らないが、ババアはあえて金をネコババした。金庫を開ける手段はネコババした後でも、ゆっくり考えられるしな。ババアの行動はなんとなく理解できた。
「親父、なんで高村彩加を利用した? 高村は福島の友人だと知っていただろう?」
親父が根も葉もないことを言ったせいで、俺は妙ちきりんな女に纏わりつかれることになったんだが? 責任を取ってあいつと俺を金輪際、会わないようにしてほしい。
俺の問いかけと、福島の鋭い眼光を一身に受け止めた親父は素直に答える。
「朱美の勤めている花屋で、あの子がお前に好意を抱いている話を聞いた時、ふと思いついた。お前と那智はいつまで今の関係を続けられるのか、と……所謂、好奇心だな」
「はあ?」
腹の底から声を出す俺に、「お前らの関係は脆い」と親父は嫌味ったらしく笑う。
「治樹、お前が那智を支配下に置いていられるのは、あいつが純粋無垢で幼いからだ。そして、お前しか愛情を知らないからだ。那智はいずれ大人になる。那智に自我が芽生え、自立心が芽生え、兄から独立したい気持ちが芽生えたら、お前の支配は終わる。芙美子の支配を覆したように、那智もお前の支配を覆す可能性がある」
賢いお前はそれが怖くて、那智を意図的に支配しているんだろう?
親父が質問に質問で返してきた。ちっとも答えになってねえよ。
「要約すると、俺と那智の関係を崩すために高村を利用したってことだな?」
努めて冷静に、努めて平常心を保ちつつ、親父に尋ねると、意味深長に口角が上がった。
どこまでも腐れた男だな、お前は。
高村の恋心を利用して、俺と那智の仲をかき乱そうと目論んでいたなんて。
本命の家庭を壊されて、夫婦仲が崩れて、親子仲が決壊した、その腹いせに高村を利用したってことかよ。福島の友人さえも利用するなんざ、なかなかに外道だぜ。
「脆いのはあたし達の方だったわ。お父さん」
沈黙になりつつあった面会室は、福島の吐露によって終わりを迎える。
嫌悪感を隠すこともなく、福島は手前の家庭環境を語った。
「不倫をきっかけに、家族はバラバラになった。だけど歪みはもっと前からあったわ。雅美姉さんと詠美、そしてあたしの仲がそう。三姉妹間でヒエラルキーが起きていた。お母さんのせいでね。お父さんは知らなかったでしょう? 三姉妹の仲の悪さを」
経済的に恵まれ、暴力も何も無かったというのに、自分達姉妹は下川兄弟以下の仲だった。
暴力と大人の支配にまみれていた下川兄弟の仲は、ちょっとやそっとじゃ切れないだろう。少なくとも、自分はそう思っている、と福島は苦言を呈する。
「何が遭っても兄弟を信じられる下川達と、何も無くてもいがみ合う姉妹、どっちが脆いんでしょうね。貴方は自分の都合の良いところだけ見て、現実をちっとも見ない父親だったわ。だから下川達を見捨てることもできたし、お母さんを逆恨みすることもできるし、自分の非すら認めることができない男なのよ」
愛娘に罵られることで、親父の顔に翳りが差すものの、面会が始まった当初よりかは露骨に一喜一憂することはなくなった。
ただ、ただ、悲しそうに愛娘を見つめ、最後は何も言わず俯いてしまった。