ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】
十日目の昼下がり。
俺は那智のために、買って来たゼリーをスプーンで細かく砕いていた。
より食べやすく、喉通りを良くするためだ。クラッシュタイプを買って来ても良かったんだが、生のフルーツも食べさせてやりたかったんだ。那智曰く、病院の病人食はまずいらしいから。
「那智。体を起こすぞ。痛かったら言えよ」
ゆっくりと体を起こしてやり、枕をクッション代わりに置いてやる。
「あいててて」
那智が顔をゆがめた。ちょっとの衝撃でも縫合した患部が痛むらしい。
「大丈夫か? 枕をずらすか?」
ううん。首を横に振る那智は枕に背をあずけて、長い吐息をつく。
そして不満気に唸った。
「兄さまに迷惑をかけている、この体が憎いんですけど。はやく治らないかなぁ」
「あほ。お前の体は長時間の手術にだって耐えたんだ。少しは労わってやれ」
そう言っても、那智は自分の不自由な体が憎くて仕方がないらしい。はやく治りたい、元気になりたい、動けるようになりたいとぼやいていた。
「早く兄さまと家に帰りたいです。ここは退屈で退屈で。おれがこんな状態だから兄さま、大学にも、バイトにも行けていないでしょ? ずっと泊まってくれて……」
「俺はいいんだよ。バイト先にも、大学にも、ちゃんと事情を説明している」
ここで寝泊まりする分にも、まったく問題はない。
事情が事情だからか、ここの個室は他の個室よりも豪華だ。テレビや洗面台はもちろん、バスやトイレ、ソファーにテーブルと、まるでホテルのような部屋だ。ミニキッチンもあるから、そこで食事も作れる。
一般の患者として泊まっていたら、たちまち数十万飛んでいきそうな病室だ。
ちなみにこの部屋は俺の意向じゃなく、病院側の配慮。
那智はいま、世間を騒がせている事件の被害者だ。
どこぞのテレビ局や新聞記者が取材に来るやもしれない。また病院には多くの患者が入院している。平穏を守るためにも、中流の一般人が手を出さないであろう個室を手配してくれた。
有り難い配慮だった。
おかげで、俺も穏やかな気持ちで病室に泊まることができる。
「兄さま。おれ、いつ動けるんですか?」
那智の口元にゼリーを運んでやる。
スプーンごと、ゼリーを含んだところを確認し、「まだまだ先の話だ」と返事をした。
「まずは起きる練習。次に立つ練習。で、歩行練習だ。しばらくは車いすで移動だな」
「ええー?! 車いすぅ?」
「当たり前だろ。無理に動いて傷が開いたらどうするんだ。担当医の許可が出るまで、那智が嫌がろうと俺は車いすに乗せるからな」
死ぬほど心配させたんだから、これくらいの言うことは聞いてもらわないとな。
「あと、もう少し元気になったら、血を作るもんを食わないとな。毎日夕飯はレバーだ」
「うぇえ。兄さま、おれがレバー嫌いなの知っているでしょ!」
「これを機に好きになりゃいいじゃねーか。体にはいいことだ」
さも当然のように言うと、那智が血相を変えてしまう。
こいつは知っている。兄貴が一度言い始めたことは、必ず実行されるってことを。
「れ、レバー以外なら食べますから!」
「あ、言ったなお前。じゃあ、毎日ひじきと大豆を出してやる。それも血を作るらしいぜ」
那智がしかめっ面を作った。
予想通りの反応に噴き出してしまう。お前はひじきも大豆も好きじゃないもんな。ほんと、いじめ可愛がりたくなる反応だよ。
「面白い番組ないかなぁ。お昼のドラマってあんまり面白くないですよね」
話題を替えるために、那智が何気なくサイドテーブルに置いていたリモコンを取って、テレビを点ける。