水面に浮かぶ月

『club Ｓ』は営業を終えた。


透子はロッカールームでやっと息をつく。

その時、他のキャストたちが入ってきたので、透子は「お疲れさまでした」と頭を下げたのだが。



「あーあ、空気が悪い。キャバクラ臭がするのよねぇ」


入店して以来、麗美というキャストは、透子を快く思っていないらしく、あからさまに嫌味を言ってくる。


これが本当に、この街で一番格式が高いとされる店の実態なのか。

ストレスの捌け口がなければやってられないと思う気持ちはわかるが、それにしてもこんな小学生染みたことを言うなんてと、いつも透子は呆れ返っていたが、もちろんそれを顔には出さない。



表情を崩さない透子に舌打ちした麗美は、



「あんた、何なの？　キャバクラ上がりのくせに、ママに気に入られてるからって、でかい態度で」

「お気に障ったのなら謝ります。申し訳ありませんでした」


透子は平坦に言った。

が、それが余計、麗美の神経を逆なでする。



「馬鹿にしてんの？　ナメてんじゃないわよ。こっちはあんたなんかを辞めさせるのは簡単なんだからね」


ブス、デブ、クソババア。

透子は思い付く限りの悪口を腹の底に押し込め、それでも笑みを崩さなかった。


左手首のブレスレットをさすりながら、



「どうぞご自由に」


それだけ言い、荷物を持ってさっさとロッカールームを出た。

麗美はまだ何かわめいていたみたいだが、いちいち気にする必要はないから。