水面に浮かぶ月
誕生日まで、いよいよあと数日と迫った日。
仕事の終わりに、透子はママを呼び止めた。
ママは人のいなくなったフロアで、透子に酒を作ってくれた。
「透子ちゃんがこの『club S』にきて、もうすぐ1年になるわねぇ」
「はい」
「まさかこんなに早くにナンバーワンになるだなんて思わなかったけれど、それもすっかり板に付いちゃって」
ママは柔らかい笑みを透子に向け、
「あなたには本当に感謝しているの」
感謝しているのは私の方だ。
初めは、独立のための足がかりとして、すべてを盗むためだけに『club S』に入店したはずだった。
けれど、ママは、透子を娘のように可愛がってくれている。
親に愛された記憶のない透子にとってみれば、だからそれなりに、『club S』に対しても、ママに対しても、尊意のような気持ちはあるのだ。
ママの笑みに、透子がなかなか話を切り出せないままでいたら、
「辞めるのね?」
思わず驚いて顔を上げた透子。
ママは少し悲しげに、でも笑みを残したままの顔で、
「透子ちゃんは、初めから自分のお店を持ちたいと言っていたでしょう? いよいよその夢を叶える時が来たのね」
透子は「はい」と返事をした後、蚊の鳴くような声で「すみません」と頭を下げた。
泣きそうだった。
だが、ママは首を横に振り、
「そんな顔をしちゃダメよ。確かに寂しくなるわ。私ももう何人も見送ったけれど、今も慣れない。それでもね、今生の別れっていうわけではないんだから」
「ママ……」