水面に浮かぶ月
「私はあなたを全力で応援するつもりよ。だから、あなたは輝かしい未来に胸を張っていなさい」


ナンバーワンの透子が辞めれば、それだけでも『club S』にとっては大打撃だ。

それどころか、自分の店をオープンさせるとなれば、ライバルにもなりかねないのに。


なのに、ママは、こころよくうなづいてくれる。



「オープンの日が待ち遠しいわねぇ」


まぶたの淵が赤くなり、涙がこぼれ落ちそうだった。

透子はママに、深々と頭を下げる。



「ありがとうございます。ママに引き抜いていただいた御恩は、一生忘れません」

「透子ちゃん……」

「私は、『club S』に――さくらママに、育てていただいたと思っています。だから、今の私があるのはママのおかげです」

「………」

「本当に、ありがとうございました」


下げた頭が上げられなかった。

ママはまたふっと柔らかな笑みをこぼし、



「その言葉は、退店の日まで取っておいてちょうだい。最後の日までは、言わないで。ね?」


透子は頭を下げたまま、何度も、何度も、うなづいた。

ママはどこまでもふところの深い人だった。


私もこんな風になりたい。


夢さえ叶えば、少しは悲しかった過去も浄化され、私も誰かに優しくできるだろうか。

透子は願いにも似た気持ちになった。



「最後の日までは、『club S』のナンバーワンとして、精一杯、努めさせていただきます」


それが透子にとっては、精一杯の恩返しなのだから。

ママは透子の手を取り、「ありがとう」と笑ってくれた。

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