水面に浮かぶ月
店を出て歩いていた時、携帯が鳴った。
ディスプレイには【光希】の文字が。
「どう? 新しい店は。順調?」
透子は口をへの字に曲げた。
「仕事自体は順調よ。でも、ちょっと目ざわりなやつがいるの」
「何? どうしたの?」
「性格の悪い女に、ぐちぐち文句を言われてる」
「それっていじめられてるって意味?」
「まぁ、似たようなものね。あのおばさん、焦ってるのよ。自分のノルマが達成できなさそうだから、新人の私に当たり散らしたいんだろうけど」
「へぇ。それはまた、めんどくさいやつもいたもんだ」
光希は電話口の向こうで他人事のように笑っていた。
透子は肩をすくめ、
「笑いごとじゃないわよ。こっちはどう処理してやろうか考えてるところなのに」
問題が大きくなれば、ひいては透子の評価を下げる結果になってしまう。
ママに目をつけられれば、店での居場所がなくなるのは必至だ。
こんな程度のことに時間と労力を費やさなければならないなんてと、透子が歯噛みしていると、
「俺に任せなよ」
光希は軽々とそう言った。
「その女の名前は?」
「麗美」
「特徴は?」
「ショートヘア。うちの店で髪が短いのはそのおばさんだけだから、すぐにわかると思うわ」
「オーケイ。2,3日もらうな。また連絡するよ」
電話を切り、透子は笑った。
図らずも、光希のおかげで杞憂がひとつ解消され、ひどく気持ちが楽になったから。