水面に浮かぶ月
「でも、俺、母さんのためなら何でもしてやりたいんです。今まで、ろくでなしの親父の所為で苦労してた分、今度は俺が頑張ってやりたいっていうか」

「お母さん、きっとすぐによくなるよ。だから、シンはそんな顔をしてちゃダメだよ」


結局、やっと言えたのは、だけどもありきたりで安っぽい気休めの言葉にしかならなかった。


口をつけたビールは生ぬるくなっていた。

気持ちが悪い。



「光希さんは?」

「え?」

「光希さんには家族はいますか?」


光希は口内の苦味を感じながら、



「いないよ」


声を絞り出した。


義父の歪んだ瞳と、母の無関心な顔がフラッシュバックする。

嫌な汗を背中に感じた。



「……光希さん?」


はっとした。

手の震えを感じ、光希はたまらず顔を覆った。



「ごめんね。大丈夫。何でもない」


何度も深呼吸をし、透子の顔を思い出すように努める。



「シンが羨ましいよ。いい人に育てられたんだね」

「いや、そんな。別に普通ですよ」


言いながらも、シンは照れたように頬を掻いた。

『普通』さえ、俺は夢に見ているというのに。



「大切にしてあげなよ、お母さんのこと」


光希は少し、泣きそうだった。

< 112 / 186 >

この作品をシェア

pagetop