水面に浮かぶ月
シンもいなくなり、ひとりっきりになった事務所で、光希は煙草を咥えて宙を仰いだ。
「……『母さん』か」
思い出す度に、怒りと憎しみと悲しみでぐちゃぐちゃになったものが、一緒に込み上げてくる。
血の繋がった息子ではなく、男を選んだ母。
血が繋がっているはずなのに、選ばれなかった俺。
じゃあ、俺は一体、何なんだ?
何のために生まれてきたのかわからない。
だったら、生まなきゃよかったくせに。
「なんて、馬鹿馬鹿しい」
光希は、もう何度となく思ったことを、わざと言葉にして思考を振り払う。
親なんていらない。
子供だって欲しくない。
俺には透子さえいてくれたらそれでいいんだ。
いつも光希は、結局は、最後はその結論に至る。
「透子……」
まぶたの裏に焼き付いた残像にさえ、縋ってしまう。
会いたかった。
会わなきゃ、自分が壊れてしまいそうだった。
煙草を消した光希は、よろよろと立ち上がり、砂漠で水を求めるように、透子のマンションに向かった。