水面に浮かぶ月
チャイムを押して少し待つと、透子はドアを開けてくれた。
「ごめんね。寝てた?」
「ううん。大丈夫」
透子が仕事を辞めて以来、光希は時々こうして、透子の部屋を訪れる。
透子の部屋は、いつもバラの香りがする。
そんな程度のことで、光希はひどく心安らぐのだ。
「どうしたの? いきなり、珍しいわね。びっくりしちゃったじゃない」
透子は、新しい店のイメージ図の並んだテーブルの上を、手早く片付ける。
こんな明け方も近いような時間まで、透子は頑張っているのだ。
あの日の約束のために。
「透子の顔が見たかったんだ」
「あら、嬉しい」
おどけたように言う透子。
「でも、あんまり頻繁に来てていいの? 誰かに見られちゃうかもしれないでしょう?」
確かに今までは、それが何時であろうとも、場所を変えて会うようにしていた。
けれど、それももういいんじゃないかと思う。
「なぁ、透子」
「うん?」
「透子の新しい店がオープンして、軌道に乗ったら、一緒に暮らそうか」
「え?」
「っていうより、俺と一緒に暮らしてほしい。もう透子と離れてたくないんだ」
「光希……」
14年も我慢したんだ。
光希ももう限界だった。