水面に浮かぶ月
内藤は、電話越しにクッと笑い、



「お前は一気にでかくなりすぎた。何事にもバランスってもんがあんだろう? 出過ぎた杭は、邪魔なんだよ」

「ふざけやがって」

「そうやって粋がってるのはいいが、お前ひとりに何ができる?」

「………」

「ちょっと夜の街で有名になった程度で、金と権力を手にしたと思い込んでるガキだよ、お前は。調子に乗ってんじゃねぇ」


ドスの効いた声。

内藤も、ついに本音を出したというところか。



「お前が選ぶ道はひとつしかねぇんだ」


内藤は、さらに低い声を出した。



「泣いて詫びろ。そして、今度こそ俺の忠実な犬になれ。そうしたら、殺しはしない」


こいつは、まだ俺を利用するつもりなのか。

その上、飼い殺しにでもするつもりなのだろうが。



「誰がお前みたいな薄汚いヤクザなんかに。ヘドが出る」

「そうか。じゃあ、交渉は不成立だ。死にたくなきゃ、せいぜい、足掻けよ。まぁ、何をしたところで、無意味でしかないがな」


内藤は、高笑いのままに電話を切った。



光希は唇を噛み締める。

その場しのぎに助かろうとすることより、プライドを取ったはいいが、その所為で事態はいよいよ危なくなった。


内藤に――岡嶋組に、今の光希が太刀打ちできることなど、何ひとつないのだから。


でも、だからこそ、ジタバタしたって意味はない。

光希は煙草を咥え、ひとり、煙草の煙を吐き出した。



傍にあった一輪挿しの花瓶に生けているバラの、花弁のひとつがはらりと落ちた。

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