水面に浮かぶ月
精神的にも限界を迎えた頃、八木原翁がやってきた。
「お前はヤクザのオンナで、ここはぼったくり店らしいじゃねぇか」
噂を聞き付けたのか、八木原翁は皮肉たっぷりに言った。
八木原翁にとって、それはいつもの調子だということは、透子ももちろんわかっている。
わかってはいるが、今はさすがに突き刺さった。
「やめてくださいよ。八木原さままでそんなことを言うのは。私だって少しは傷つくんですからね」
たしなめるように制した透子。
だが、八木原翁はそれが気に食わなかったらしい。
「シケた顔しやがって。何が『傷つくんです』だ。お前、いつからそんなに弱くなった」
「……え?」
「今までの威勢はどうしたのかと聞いてんだよ。今までのお前なら、くだらない噂すら踏み台にして、のし上がるために利用していたはずだが」
「………」
「お前、本当にこの街で天下を取りてぇと思ってんのか? そんなんで、お前の言う『一番』になれると思ってんのかよ」
返す言葉が見つからなかった。
ぐうの音も出ないという方が正しいのかもしれない。
光希に捨てられた透子は、今や、その日を過ごすことだけで精一杯で。
「お前がそんな、つまんねぇ女に成り下がっちまったなら、もう用はねぇ」
「……何を、言って……」
「お前には失望したって意味だ」
八木原翁は、はっきりと、吐き捨てた。
「帰る」
透子は、追いかけることができなかった。
八木原翁にまで捨てられた。
その事実が重く圧し掛かり、透子は席を立つことすらできなかったのだ。