水面に浮かぶ月
八木原翁は本当に店に現れなくなり、その上、未だに光希からの連絡はないままで。
初めこそ、何かの冗談だと思う気持ちもあったが、今では日を追うごとに現実感だけが増していく。
透子はその所為で、食べることも寝ることもままならなくなってしまった。
食べてないし、寝てないから、ぼうっとする。
だからってミスは許されないため、常に気を張っていて。
透子はいつしか、ノイローゼに近い状態にまでなっていた。
透子にとっての動力源は、今や、酒と精神安定剤だ。
生きる理由さえ曖昧になってしまったのに、それでもまだ、今日こそは、光希から連絡が来るのではと、僅かな期待を抱いては、いつも現実に打ちのめされて。
なのに、光希の前でなければ泣けないのだと、今更になって気付かされて。
飲み過ぎて、吐いて、久世と言い争いをして、そんな自分に自己嫌悪して。
「今のあんたはおかしいよ!」
久世がこんなにも感情をあらわにし、声を荒げたのは、初めてだった。
透子は自嘲する。
「辞めたいなら辞めてもいいわよ。私にはもう、あなたを引き留められるだけの魅力も力もないもの。それに、長くいればいるほど、久世くんの経歴にも傷がつくでしょう?」
これ以上、久世を、自分自身の身勝手さに巻き込みたくはないと思った。
それが透子なりの、久世に対しての優しさでもあった。
だが、バンッ、と、テーブルを叩いた久世は、
「ふざけるな! いい加減にしろよ!」
捨てたいのか、捨てられたいのか。
透子は久世の怒声を浴びながら、ひどく悲しい気持ちになった。