水面に浮かぶ月
八木原翁が切れたという事実が伝わり、いよいよ『Club Brilliance』の客は減る一方だった。
しかし、透子は、もはや唯一の居場所である『Club Brilliance』だけは失いたくないという想いで、満身創痍ながらも店を続けていた。
それが最後の砦だった。
だが、神はいつも透子には優しくなかった。
他人を利用し続けたしっぺ返しが、今になって、列をなしてやってきたのかもしれない。
疲弊したまま仕事を終え、自宅マンションの近くまで帰り着いた時だった。
「騒いだら刺すぞ」
男の低い声と共に、背後から口を塞がれ、そのまま路地裏に引きずり込まれた。
首元には、鈍色に光るナイフの刃が。
抵抗できないまま、透子は突き飛ばされ、地面に転げた。
擦り剥いたであろう膝の痛みすら気にしていられないほど、透子は恐怖を感じて震えた。
男はこちらにナイフの刃を向けたまま、透子と同じ目線の高さまでしゃがんだ。
「よう、透子。元気だったか?」
そんな、まさか。
そこで初めて男の顔を見た透子は、驚いて、目を見開く。
「……どうして、リョウが……」
紛れもなく、今、目の前にいるのは、冷たい目をしてこちらにナイフを向けた、リョウ。
リョウはぺろりと唇を舐め、
「どうしてそんなに俺を怖がる? 一応、元カレだぜ、俺。それとも、何か怖がらなきゃいけねぇ理由でもあんのか?」
細めた目で見られた。
動揺してはダメだ。
透子は生唾を飲み込み、
「こんな乱暴なことをして。それに、元カノにそんな危ないものを向けないでよ。誰だって怖いと思うじゃない」