水面に浮かぶ月
だが、リョウは口元だけで薄く笑う。

ナイフの刃はまだこちらに向けたまま。


透子はナイフとリョウを交互に見て、



「それより、どうしたの? 突然。こっちに戻ってきても大丈夫なの? 誰かに見られたらいけないし、とりあえず私の部屋に行きましょうよ」


ひとまずこの状況を打破したかった。

部屋に誘って体の関係にさえ持ち込めば、どうとでもなるだろうと思った。


しかし、リョウはそれには答えない。



「なぁ。お前は一度でも俺を本気で愛したことはあったか?」


一体、何を言っているのだろう。

リョウの意図が、まるでわからない。


しかし、怒らせない方が賢明だということは、本能で感じ取った。



「本当に、どうしたの? リョウ。私はリョウを愛してたわ。リョウがいなくなって、絶望したもの」

「そのわりには、あれからすぐに自分の店をオープンして。お前のどこに『絶望』があった?」

「……それ、は……」


リョウは、どうやら考えなしに私の前に現れたわけではないのだろう。

それがわかったから、透子は口ごもった。


その場しのぎに下手なことを言えば、墓穴を掘る可能性だって出てきたのだから。



「お店を持つことは、私の長年の夢だったの。リョウがいなくなった悲しみを、仕事で紛らわせたかったから」


働かない頭ながらも、なんとかもっともらしい言葉を吐く。

が、リョウの冷たい瞳の色は変わらない。



「すごく会いたかった。リョウが戻ってきてくれて嬉しい」


透子は持ち上げた手を伸ばす。

リョウは、はっと笑った。



「俺はもう、お前のその猿芝居には騙されねぇよ」
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