水面に浮かぶ月


あれから、結局、麗美は一度も出勤することなく『club S』を退店した。

そのおかげなのか、麗美に不満を抱いていた他のキャストたちは、逆に仲よくなり、透子はそこにすんなりと溶け込んだ。


透子は腹の底で、自分の踏み台になってくれた麗美に感謝した。


今では仕事にも慣れ、他のキャストたちとの友情ごっこを楽しめるようにさえなったのだから。

『club S』での足場固めとしては、完璧だ。



「透子ちゃん。あぁ、すごくいいよ」


耳障りな、ベッドのスプリングが軋む音を聞きながら、透子はわざとらしく鼻に掛かった声を出す。

客の汗がべたついて気持ちが悪い。


足場の固まった透子は、改めて、客を選別した。


金持ちのオヤジだらけの中で、誰を選び、どういう関係を持てば、より自分の利益になるかと考え、着実にそれを実行に移していく。

そのためには、体を売ることもいとわない。



「うっ、イキそうだ」


言った瞬間、客は透子の腹の上に白濁とした欲望を吐き出した。




それが利益に繋がるなら、セックスをするくらい、どうってことはない。

きっと光希だって、そうやって生きてきたと思う。


透子は腕にあるブレスレットに触れた。


ファーストキスも、初めてのセックスも、すべて光希とだった。

その思い出さえあれば、他は、誰と何をしたって同じ。



ただ、少しだけ、虚しさは残るのだけれど。



「はい、これ」


情事を終え、客はいそいそとスーツを着ながら、財布に入れていた数枚の札を透子に差し出した。


軽く10万円は越えているだろうけど。

さすがは『club S』の客だなと、透子は思いながら、もちろんそれを顔には出さず、「ありがとうございます」と、ほほ笑んで見せた。
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