水面に浮かぶ月
脳裏をよぎる、幼少期の地獄。

これが走馬灯というやつなのだろうか。


しかし、光希は、地獄にさえ嫌われた男なのだ。



「大丈夫。俺は悪運だけは強いんだ」


「行こう」と、透子の手を引いた。

だが、ステージを降りた時、



「待てよ、てめぇら。俺から逃げられると思うなよ」


リョウはよろよろと体を起こした。

その手には、しっかりとナイフが握られている。


リョウは、苦悶の表情を隠せなくなった光希を見て取り、



「いいザマだぜ。俺と刺し違えてもいいって、さっき言ってたなぁ? 馬鹿を言うな。てめぇは、俺を殺すことも、透子を守ることもできずに、死ぬんだよ」


よたよたと駆け出すリョウ。


腕の痛みで立っていることすらやっとの光希は、もう動けない。

これまでかと思った瞬間、



「光希!」


前に出た透子の影が、リョウと重なった。


一瞬だったのか、それとも何十秒も経ってからだったのか、ゆっくりと、膝をついて倒れる透子。

リョウの持つナイフは、手ごと、真っ赤に染まっていた。



「……透子?」


血に染まった透子の服は、もう何色だったかわかない。

薄目を開けている透子の目の淵から、涙の一筋が伝った。



「透子! おい、透子! 死んじゃダメだ! 透子!」


光希は声がかすれるほど叫んだ。

リョウは真っ赤に染まったナイフを握ったまま、そんなふたりを見降ろしている。
< 158 / 186 >

この作品をシェア

pagetop