水面に浮かぶ月
医師や看護師がきて、検査だ、処置だと、透子は何だかよくわからないままに、色々なところに連れて行かれ、代わる代わる、同じ質問をされた。
それでも透子は、自分の身より光希の身を案じた。
透子が目を覚ましてすぐ、看護師がきて言ったのだ。
「あの男の子は、自分の腕の傷も無視して、片時もあなたの傍を離れなかったのよ」、
「感染症の危険性もあるから、せめて手当てくらいはと、私たちがいくら言っても聞かなかった。あなたが死んだら自分も死ぬと繰り返して」、
「食べないし、寝ないし、少し休むことさえしない。腕だってひどい痛みだったでしょうに、あなたが起きた時にひとりだと思わないようにって、ずっと手を握ってて」。
それは、普通ならありえないことなのだそうだ。
でも、ありえないのは透子も同じだったらしい。
透子は一度、救急車の中で心肺停止になったのだそうだ。
なのに、光希の呼び掛けに応えるように、もう一度、心臓が動き出したのだと、これも同じ看護師から聞いた話だ。
「長い時間ではなかったにせよ、心臓の動きが止まったということは、脳への酸素供給ができない時間があったということです。だから、何らかの後遺症が残る可能性も視野に入れていただきたい」
担当医だと名乗る医師に言われた。
だが、透子は、不思議とショックも不安もなかった。
生きているだけで丸儲けだと言っていたのは、誰だったか。
「それより、光希の腕は大丈夫なんですか?」
透子の問いに、医師は呆れ返ったように眉間を揉んで、
「人のことよりまずは自分の心配をしないさいと、彼にも再三、言いましたが。まったく、どうしてあなた方は」
ぐちぐちと言った医師は、ため息混じりに「大丈夫ですよ」と言った。
「よっぽど悪運が強いんでしょうねぇ」とも。
半分、嫌味みたいに聞こえて、私は初めて少し笑った。