水面に浮かぶ月
「別に。もういいですよ、そんなことは」

「お給料の残りは、きちんと払うから。お詫びも含めて、イロをつけておく」


久世はふっと笑う。

受け取る気はないという表情に見えた。


久世はそのまま何も言わずにこちらに背を向け、でも、ドアの前で不意に足を止めて、



「気付いてたと思いますけど、『JEWEL』の頃から僕はずっとあなたが好きでした。あなたが僕を利用したいだけだとわかっていても、それでも僕はあなたの誘いに乗った」


久世の気持ちは、ずっとわかっていた。

わかっていて、透子は久世の気持ちを利用したのだ。


否定はしない。



「だから、『Club Brilliance』が沈みゆく泥舟だとしても、僕は最後の時まであなたと共にいようと思った」


「なのに」と、久世は言う。



「なのに、こんなやつがあなたの傍にいたなんて。おかげで百年の恋も冷めましたよ」


そう言った久世は、またふっと笑い、



「さようなら。お幸せに」


ドアが閉まる。



久世と歩んだ日々を想う。


打ち上げ花火のように、儚く散った夢。

それでも、透子にとっては、大切な、歩みを共にした人だ。



「いけ好かないな。すごく嫌なやつだった。久世ってやつが、あんな男だったなんて」


光希は不貞腐れた子供みたいな顔をしている。

最後まで無視されて、よっぽど腹が立っているらしい。



「久世くんのことを悪く言わないで。いくら光希でも、それだけは許さない」
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