水面に浮かぶ月


夢半ばで敗れた形の透子は、結局、あの街で『一番』にはなれなかった。

だから、もしかしたら、透子は、時間の経過と共に忘れ去られるだけの存在なのかもしれない。


でも、もういい。


今は、大切な人が、私の手を握っていてくれるから。

光希だけの『一番』なら、それ以上は望まない。



けれど、その、当の光希の左腕はというと、なかなかかんばしくない状態らしかった。



「もしかしたらもうあまり力が入らないかも」と、医師は言った。

「大丈夫といえば大丈夫」だけど、「処置が遅れた」ため、「神経が」どうのとかで、「リハビリによるある程度の回復は望める」ものの、「今後は重いものを持ったりするのは難しいかもしれない」らしい。


課題は山積み。


なのに、光希自身は、いたって冷静に、「透子の命が助かるなら、俺の腕の1本や2本、なくなったってかまわなかったから」と、笑っていた。

奇跡の連続なのか、それとも本当に単に悪運が強いだけなのか、今のところ、透子の後遺症はみられていない。




警察の人がやってきたのは、入院してからどれくらいが経った頃だったか。




谷垣と名乗った初老の刑事は、開口一番、



「今朝未明、坂崎 優也の遺体が発見されました」


と、透子と光希に告げた。


『cavalier』を任せていた、優也という子のことだ。

「頭部に銃弾が貫通した痕があった」から、「即死だっただろう」と。



光希は膝から崩れ、顔を覆って肩を震わせていた。



それは、透子にとっても悲しい事実だった。

だからこそ、光希のショックは計り知れないものがあった。


優也という子は、光希を出し抜きたくて、最後は岡嶋組に利用されて、殺されたのだ。
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