水面に浮かぶ月
濁った想い
光希は『cavalier』でひとり考えを巡らせる。
透子に会いたくてたまらない。
そう思う反面で、会えば自分の中のタガが外れてしまうことはわかっていた。
だから、光希は、想いを奥底に追いやるのだ。
「光希」
呼ばれて顔を向けてみると、「久しぶりだなぁ」と、にやにやしながらリョウが近付いてきた。
「ギムレットを」
言いながら、リョウは光希の向かいのカウンター席に腰掛けた。
光希は肩をすくめてボトルを手にする。
ジンとライムジュースを正確に配合し、シェイカーを振った。
「しっかし、まさか、光希がホストを上がるとはねぇ」
「どういう意味?」
「あの『Kingdom』で、入店半年でいきなりナンバーワンになった伝説の男だぞ? しかも、退店するまで一度もその地位を奪われることがなかったようなやつが」
「何?」
「辞めて、どこかの店に移るのかと思いきや、いきなりバーとボーイズクラブの経営者とは、恐れ入るよ」
「俺は、いつまでも人に使われていたくはなかっただけさ。それに、ホストをしていたのは、手っ取り早く稼ぎたかったからで、あんな仕事には何の未練もない」
グラスに注いだギムレットを、リョウの前に置いたのだが。
リョウはそれには目もくれず、前のめりになり、
「潔いのは結構だが、あんま調子に乗ってっと、岡嶋組に殺されるぞ?」
「他人の心配より、自分の心配をしてなよ、リョウ」
「まぁ、そりゃそうだ」
ぺろりと唇を舐めたリョウ。
リョウはクスリの売人だ。
おまけにこの街の数多くの情報を持っているため、光希にとっては利用価値のある存在なのである。