水面に浮かぶ月
シンが『cavalier』に来て、30分ほどが過ぎた頃。
軽く、カウンターなどを拭いていたら、その人はやってきた。
胸に抱えた、白いバラの花束。
「遅くなってごめんなさい」
シンがまず驚いたのは、その女性が、光希と同じ顔をして笑っていたからだった。
そしてその手首に、光希と同じようにイニシャルにルビーの入ったブレスレットをしていたから、また驚いた。
いっそう、強くなる、バラの香り。
「俺が早く来すぎちゃっただけで」
さかのぼること、3時間前。
突然、シンの携帯に、見知らぬ番号からの電話が鳴った。
出てみると、相手は「透子といいます」と名乗った。
光希がただひたすらに愛している人からだった。
「あなたに会いたいの、シンくん」
そう言われて、何の用かと思ったが、しかし、きっと電話で話すようなことではないのだろうなと思った。
それに、シン自身も、透子という人が実際はどんな人なのか、会ってみたいという気持ちもあった。
話や噂でなら、何度もその名は聞いたことがあった。
しかし、それは、夜の街でのことだ。
それがあの光希と繋がっているなどとは露とも思わなかったし、ましてや相手に命を掛けられる間柄だったなんて、ますますもって知りたくなるのは当然だろう。
だから、場所を『cavalier』と決め、時間を確認し合い、今に至る。
「あ、えっと。座ってください。何か飲みますか?」
聞いておいて、しまった、と、シンは思った。