水面に浮かぶ月
飲み物がない。

花なんか買う前に、どうしてそっちを買っておかなかったのか。


シンの焦りに気付いたのか、



「気にしないで」


と、透子は言ってくれた。


透子は、シンが今しがた生けたばかりの花瓶のバラに目をやった。

そして、自らが持ってきた花束を一瞥し、



「あなたと私、考えることが同じだったみたいね、シンくん」


口調まであの人と同じだ。

なんて、思っている場合ではない。


シンはさらに申し訳なくなり、「すいません」と言った。



本当に、花なんかより、飲み物を買っておけばよかったんだ。



『座ってください』と、シンは先ほど確かに言ったはずなのだが、まだ透子は座ってくれない。


シンは間が持たなくて、どうしたものかと思った。

透子はシンが生けたバラの花弁に触れる。



「これ、あなたが生けたの?」

「え? あ、……はい」


反射的に返事をしたら、透子はくすりと笑みをこぼした。



「どうして男の人ってこうなのかしら。昔の光希みたいね」

「えっ」

「昔ね、光希もこうやって花を花瓶に突き刺すだけだった。だから、私、怒ったの。『それじゃあ、花が可哀想よ』って」


透子は、そして、「ハサミある?」と聞いてきた。


シンは慌てて引き出しを探り、見つけたハサミを透子に渡した。

剪定バサミなどではない、普通のハサミだ。
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