水面に浮かぶ月
非通知着信が続くようになって、約1ヶ月。
相変わらず、非通知着信はひっきりなしだし、時々は、郵便ポストの中身がなくなっていたが、それでも透子は気にしないように努め、普段通りに過ごしていた。
家に帰ってこなかった母を待ち続け、施設に入った時には学校で嘲笑の的にされた透子にとっては、耐えることは慣れている。
事態はそんな中で動いた。
その日は朝からずっと、大雨だった。
その所為で、『club S』は珍しく客足がまばらだったため、透子はいつもより早く上がらされた。
不運だったのは、送りの車が待つ時間にはまだ早く、だからってタクシーすら1台も掴まらなかったことだ。
きっと、この大雨で、大勢の人間に先を越されてしまったのだろう。
諦めた透子は、仕方なく、歩いて帰ることを選んだ。
傘を差していてもびしょ濡れになりながら、いつもとは違う、地下道を通って帰宅していたら、
「やっと会えたなぁ、透子」
目前に、ゆらりと佇む男。
目深に被っているキャップの隙間から、濁った瞳が透子を捉えた。
大雨の深夜に、もちろん地下道には他に誰もいない。
男との一定の距離は保たれているとはいえ、この状況はさすがにまずい。
でも、ここで恐怖心を顔に出せば、それこそ相手の思う壺だ。
透子は気丈に問う。
「あなたがストーカーさん?」
男は口元を上げ、
「まぁ、そんなようなもんだ」
と、薄く笑った。