水面に浮かぶ月
顔はよく見えないが、背格好や声の記憶を辿ってみても、この男に覚えはない。

だから、相手の思惑は、まだ想像すらできなかった。


少しの沈黙の後、男は顎を上げ、



「隙のない女で困ったぜ。だから、仕方なく、お前がひとりになるチャンスを、俺はずっと待ってたんだ」

「ご用件は?」


透子は睨むように聞いた。

男ははっと笑い、



「500万、用意しろ」

「どうして私があなたにお金を?」


色々と予測はつけていたものの、まさか、金をせびられるとは思ってもみなかった。

理由がわからず、内心でひどく困惑する透子に、男は、



「過去をバラされてもいいのか?」

「……え?」

「『愛育園』にいたことだよ。未婚で出産した母親は、結局、我が身可愛さに、邪魔だったガキを残して男と蒸発したんだっけなぁ?」

「………」

「その所為で、警察に保護され、施設で暮らすことになった。だろ? 透子」


どうしてそれを。

喉元まで出掛かった言葉を、透子は何とか飲み込んだ。



「何のことですか? 人違いです。残念でしたね」


真っ直ぐに、男から目を逸らさず言ったのに、



「俺がお前を見間違うと思うか?」

「私はあなたなんて知りません」

「ひでぇな。俺らは、一時期だけだが、一緒に『愛育園』にいたっていうのによぉ」


そんな、馬鹿な。

透子は思わず足を引いた。


男は、一歩、また一歩と、透子と距離を詰めながら、
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