水面に浮かぶ月
「わかりました。お支払いします」


透子は声を絞り出した。

男はにやりとする。



「何だ。ぎゃあぎゃあ騒いだら、力づくで納得させてやろうかと思ってたのに、物分かりがいいんだな。俺としては、ヤレなくて残念っつー感じだが、まぁ、いい」


男は紙切れを透子に差し出す。



「1週間後の昼1時に、ここの喫茶店に、金を持って来い」

「……1週間後?」

「借金してでも持ってこい。そのための1週間だ」


紙切れには、指定された喫茶店の地図と店の名前が書かれていた。

震えそうな手でそれを受け取る透子に、男は、



「絶対に来いよ。来なかった場合は、『club S』に行ってお前の過去をぶちまけてやるからな」


言って、去ろうとした男を、透子は「待って」と制した。

息を吐き、透子は男を見上げる。



「何かあった時のためにも、番号くらい教えておいてくださいよ」

「……何を企んでいる?」

「企むだなんて、そんな。ただ、その日、もしもということがないとは限らないじゃないですか。世の中、絶対なんてないんだし。だから、そういう時のためにも。ね?」


男は透子をうかがい、少しの後、携帯を取り出して、透子の携帯に、番号を通知する設定でワンコールした。



「変こと考えんなよ」


最後にもう一度、脅しの一言を付け加え、男は透子に背を向けた。


許さない。

透子はその背を見つめながら、煮えたぎるほどの怒りで拳を作った。

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