水面に浮かぶ月
透子は何度もまわりに注意し、あの男に見られていないのを確認してから、逃げ込むように、近くのビジネスホテルにチェックインした。
シャワーを浴びながら考える。
絶対に、ただでは済まさない。
腹立たしさをこらえ、風呂場を出てバスローブを羽織り、光希に電話を掛けた。
「どうしたの?」
「今すぐ会えない? どうしても話したいことがあるの」
「何かあった?」
「会って話せない?」
もう一度問う透子に、光希は少しの後、
「わかった。どこにいる?」
透子はビジネスホテルの名前と部屋番号を告げた。
光希は「30分くらい掛かるかもしれない」と言ったが、透子は「待ってる」とだけ返し、電話を切った。
それから、きっかり30分後、部屋のドアをノックする音が聞こえ、透子はスコープで光希だと確認してから、鍵を開けた。
光希は服についた雨露を払いながら、電話の時の声色同様、深刻な顔をしている透子を見て取ると、抱き締めることも忘れ、
「で? 一体、何があったの?」
険しい顔で聞いてきた。
「ちょっと、面倒なことになって」
「俺を呼ぶくらいだから、やばいことなんでしょ?」
「実は……」
透子はこれまでのことと、今日のこと、そしてこれからのことを、光希にすべて話した。
光希はベッドに腰をつけ、膝の上で指を組んで、時々質問を返しつつも、異を唱えることなく透子の話を聞いていた。
光希の目は、今まで見たことがないほど恐ろしいものになっていた。