水面に浮かぶ月
男との約束の日。
今日も小雨がぱらついている。
透子は光希と何度も入念に計画を打ち合わせた後、指定された1時より1時間前に男に電話を掛けた。
「私です。透子です」
「あぁ」
男は低い声を出す。
「電話なんかしてきて、どうした? まさか、金を用意できなかったなんて言うんじゃないだろうな?」
「いえ、お金は用意しました。ただ……」
「何だ?」
「受け渡しの場所ですが。変更していただけないでしょうか」
「あ?」
「誰かに見られたくはないんです。ですので、ホテルの部屋かどこかにしていただけませんか?」
透子は悲痛な声を出した。
男は「ホテル?」と怪訝な声色で反すうさせる。
「あの喫茶店の近くに、『ビーナス』というラブホテルがあるのはご存知ですか? そこの501号室でお待ちしています」
「………」
「もちろん、我が儘を聞いていただくのですから、私もそれ相応のことはします。……たとえば、“そういうこと”とか」
ラブホテルに誘い、セックスを臭わせると、男は案の定、「わかった」と言った。
透子はにやりとし、「ありがとうございます」と返して、電話を切った。
横で電話の内容に聞き耳を立てていた光希は、煙草を消し、
「行こう、透子」
と、立ち上がった。
透子はうなづき、光希に続く。
ふたりでなら、きっと大丈夫だと、透子は必死で自分に言い聞かせた。