水面に浮かぶ月
透子はあらかじめ購入しておいた小説本を手に、スタバに入った。
当然、本の内容など頭にも入らなかったが、透子はずっとそこで、優雅に読書をしている姿を演じ続けた。
夕方になる頃には、スタバを出てマンションに戻り、出勤準備をして、いつも通りの時間に『club S』に向かった。
いつも通りに働いて、いつも通りの笑顔を作る。
完璧だった。
透子の仕事が終わった時間に、光希からの電話が鳴った。
「色々とやってたら思いのほか時間がかかったけど、問題ない。すべては計画通りだよ」
「そう。ありがとう」
「今、この前と同じビジネスホテルでシャワー浴びたとこなんだけど。来られる?」
「うん」
透子は部屋番号を聞き、電話を切った。
手早く着替えを終え、荷物を持ってロッカールームを出ようとした時、
「ねぇ、透子ちゃん。これからみんなで飲みに行こうって話してたんだけど、一緒にどう? いいお店があるの」
マナミが声を掛けてきた。
「ごめんなさい。今日はちょっと」
「あ、もしかして、カレシと約束でもしてる?」
「まさか。そんなのいませんよ。今日はいとこがうちに泊まりに来てるんです。久しぶりに会えたので」
「そっかぁ。残念」
「また誘ってくださいね」
透子は「お疲れ様です」と言い、足早に店を後にした。
雨はいつの間にか上がっていた。
雲間からは、月が半分ほど顔を覗かせている。
透子は水溜りを避けながら、肩の荷が下りたように軽やかな足取りで、光希の待つビジネスホテルに向かった。