水面に浮かぶ月
『cavalier』は繁盛店になっていた。
だからというわけではないが、光希も時間が空いている時は、なるべくカウンターに立つようにしている。
『Kingdom』のナンバーワンホストだった光希を目当てに来る客も少なくはないからだ。
「何だか人が増えちゃったわねぇ、ここも」
ふらりと現れた涼香は、カウンターの一番端で、煙草を咥える。
涼香はホスト時代からの光希の太客で、『Kingdom』を辞めた今でも、『promise』の顧客となってくれているため、特に大事にしなければならない客のひとりだ。
「俺も『cavalier』にここまで客がつくとは思ってませんでしたけどね」
光希は肩をすくめて見せた。
だが、涼香は、「光希くんの経営手腕の賜物よ」と言う。
「でも、ちょっと妬けちゃうなぁ。私だけの光希くんだったはずなのに」
「別に俺は何も変わってませんけど」
「そうかしら。最近、あんまり私と遊んでくれなくなったじゃない」
「涼香さんが連絡をくれないからですよ。俺はいつだって会いたいと思ってるのに」
愛想のいい笑みを浮かべながら、慣れたように並べる美辞麗句の数々。
涼香はまんざらでもなさそうな顔で声を潜め、
「ボーイズクラブの方も順調らしいじゃない」
「涼香さんがお友達を紹介してくれたからですよ。本当に感謝してるんですから」
「じゃあ、私にどんなお礼をしてくれる?」
「何なりと」
光希は涼香の前に、マルガリータを置いた。
涼香はそれを一口、口に含み、「美味しい」と口元を緩めた。
賑わっている店内の、ここだけ切り取られたように静かだ。
「あなたのその、隙のないところも、貪欲なところも、何でも器用にこなすところも、全部、すごく好きよ」
涼香は妖艶に目を細める。
光希は「ありがとうございます」とだけ返しておいた。