水面に浮かぶ月


光希はcloseにした『cavalier』のカウンターで煙草を咥え、掃除や片付けなどを終えたボーイたちが帰っていくのを見送る。


それから、売上の計算をしている優也と話していた時、ガチャリと出入り口のドアが開く音がした。

顔を向けてみると、岡嶋組のナンバーツーである内藤が、「よう」と、口の端から煙草の煙を吐き出し、立っていた。



「すいません。もう閉店時間で」


言いかけた優也を、光希は制する。



「この人は客じゃない。優也。悪いけど、席を外してくれないか」


優也は何かを察したらしく、「3階に上がりますね」と言って、律儀にも内藤に会釈して、裏口から出て行った。

裏口のドアが完全に閉まったのを確認し、光希は改めて内藤に目をやった。



「お久しぶりですね。何か飲みますか?」

「そうだなぁ。バーボンをくれ」


光希はカウンターに入り、今しがたボーイが磨いたばかりのグラスを取った。

代わりに内藤が、先ほどまで光希が座っていたカウンター席に腰を下ろす。



「珍しいですね、おひとりで。大丈夫なんですか?」

「若ぇのは外で待たせてる。いちいちひっついて来られても邪魔だしな」


ふたりが目を合わせることはない。


光希は作ったバーボンを内藤の前に置いた。

内藤はグラスを揺らして目を細め、



「さすがに、お前は俺に毒を盛るほどの馬鹿じゃねぇだろうしよぉ」


試すように光希を見てから、グラスの酒を傾けた。


バーボンの、独特の芳香を楽しむこともせずに、一気に飲む内藤。

だから余計、光希は腹立たしかったが、もちろんそれを顔には出さない。



切り出したのは、光希の方。



「先日は、ありがとうございました」

「田安のことか。あれはこっちにとってもメリットがあった。だから礼には及ばねぇよ」
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