水面に浮かぶ月
「ちょっとした脅しのネタが欲しいんだ」

「たとえばどんな?」

「金のことでも、女のことでも。とにかくバラされたら困るようなことなら、何でもいい」

「期限は?」

「遅くとも今月中には」


また面倒な話だなと思った。

だが、聞いてしまった以上、できません、と言えるはずもない。


それがわかっているのだろう、内藤は、さらに光希に、1枚の紙を差し出した。


名前、生年月日、住所、勤め先。

とにかく男の個人情報が、事細かに書かれている。



「ここまでわかってるなら、どこかを叩けば埃くらい出てくると思いますけど」

「だから、その叩く作業をお前に頼んでるんじゃねぇかよ」


人にものを頼む態度とは思えないほど、高圧的に言う内藤。



「チンピラが嗅ぎまわってると気付けば、相手は警戒する。サツまで出てくるかもしれねぇ。それだと困るんだよ、こっちは」


だからって、俺は探偵じゃないんだよ。

内心で吐き捨てながらも、光希は「わかりました」と言った。



「その代わり、手段はこちらに一任してくださいね」

「それは好きにしてくれればいい」


内藤は、そして「交渉成立だなぁ」と、薄く笑い、煙草を消してスツールから立ち上がった。

『cavalier』を出る内藤を、光希は店の外まで送り出す。



「何かあったら電話してくれ」

「はい」

「じゃあ、色々と、よろしく頼むぜ、光希ちゃんよぉ」


車に乗り込む内藤に頭を下げた。


くそ野郎が。

光希は頭を上げ、夜の闇に溶けていく内藤の車を、睨むような目で見送った。

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