水面に浮かぶ月


普段通りにミーティングを終えた光希は、改めて、内藤から渡された資料に目を通した。



男の名前は、日高 敏郎。


国立大学を卒業後、大手の銀行で出世コースを歩む、エリートらしい。

特にハメを外すこともせず、一戸建ての持ち家で、妻とふたりの男の子を持つ家庭人でもある、か。



「……脅しのネタ、ねぇ」


資料を読む限り、身辺は限りなく綺麗だ。

それどころか、完璧すぎて、むしろ気持ちが悪かった。


こんな男の、どこをどうやって叩き、どんな埃を出させるべきか。


一番、手っ取り早いのは、やはり女性問題だろうが、誰かにそれをさせるとしても、かなりの信用が置ける人間でなければならない。

だからって、透子に自分の汚い仕事を手伝わせるわけにはいかないし。




光希は悩んだ挙句、ヨシヒサに電話を掛けた。




ヨシヒサが『cavalier』にやってきたのは、明け方近くなってからだった。

あらかじめ電話で内容を伝えていたため、話はスムーズだった。


しかし、なぜかヨシヒサは乗り気ではなかった。



「この話は、ヨシヒサにとってはつまらない?」

「そういうわけじゃねぇけどさぁ。でも、男なんて襲ってもねぇ」


煮え切らないヨシヒサにイラ立ったが、それでも光希は冷静に諭す。



「いい? ヨシヒサ。これは、岡嶋組からの依頼だよ。ってことは、岡嶋組に恩を売れるチャンスじゃないか」

「………」

「ここで株を上げておけば、この先、何かと有利に働くと思うけど」


ヨシヒサは、口をへの字に曲げながらも、「わかったよ」と言った。

「協力する」と。


やっぱり楽なものだなと、光希は笑いを漏らしそうになった。

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