水面に浮かぶ月
「おい、やめろ!」


日高は光希を制しようとしたが、ヨシヒサが眼球の前にナイフの切っ先を突き付けたため、縮み上がって失禁していた。



「うわっ! てめぇ、きったねぇんだよ、このクソデブが!」

「ひゃはは! おい、写真撮れよ、写真! こいつ、ションベン漏らしたぜ!」


連中は騒いでいた。

が、光希はといえば、日高の先ほどの焦り様で、やはりビジネスバッグの中に何かあると予測を立て、ファイリングされている書類のすべてに目を通した。



「……あ」


発見した瞬間、光希は口元が緩みそうになってしまった。

【社外秘】というスタンプが押された、それ。



「社外秘ってのは、会社から持ち出したらダメって意味だよね? なのに、エリートさんはいいの?」

「や、やめっ」

「これ、もちろん誰かの手に渡ったらやばいよね?」


目を細めた光希に、日高はさらに体を震わせながら、



「こんなことをして、お前ら、どうなっても知らないぞ!」


それでも精一杯の抵抗をする。

失禁しながら言われたところで、一同に笑い者にされるだけなのに。



「日高 敏郎。34歳。日高議員の長男。奥さんは秀美だっけ? 息子たちは、確か、健太と孝太。住所と電話番号は、えーっと」

「どうしてそれを?!」

「サツに言ったら、あんたの家族はどうなるかなぁ。おまけに、あんた自身も、命の保証はなくなるよ」


光希はヨシヒサの手から引っ手繰ったナイフを、日高の喉元に突き付けた。

ナイフの刃先は日高の皮膚に当たり、そこから僅かに血が滲み始める。


光希は日高に顔を近付け、



「わかったら、今日のことは誰にも言うな」


日高は光希とナイフを交互に見て、でも動くことができず、上擦った声で「殺さないでください」と言い、泣いていた。

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