水面に浮かぶ月
この車は、岡嶋組に用意させた盗難車のため、たとえ番号を覚えられていたとしても、問題はない。
車を走らせた後、日高を適当な場所に捨てた。
もちろん、ビジネスバッグと携帯は、光希の手中だ。
「しっかし、あのデブの泣き顔、思い出しただけでも超ウケるんだけど!」
「なぁ? 『ころしゃないでくだしゃいぃ』だって」
「いや、似てねぇし!」
3人はゲラゲラと笑いながら、まだ騒いでいる。
「お前ら、ちょっと静かにしろよ。子供の遠足だってもっと大人しいよ」
光希は横で、たしなめるように言いながら、煙草を咥えた。
内藤に電話をし、会う約束を取り付ける。
場所は、岡嶋組の組事務所。
目的地を告げた光希に、いきなり3人は顔を青ざめさせ、
「それってやばくないっすか?」
「何が?」
「だって、ヤクザの事務所っしょ?」
「だからどうしたの?」
物心ついた頃からずっと、光希は義父に虐待されていたのだ。
あの恐怖に比べれば、他のすべては生ぬるい。
それが、たとえヤクザであろうとも。
「怖がる理由がわからない」
光希は吐き捨てるように言った。