水面に浮かぶ月
自宅に戻ってシャワーを浴びた光希は、冷蔵庫からビールを取り出し、ベッドに座って缶を傾けつつ、仕事の算段を考えながら、携帯を操作する。
光希が数件の電話をするだけで、驚くほどの額の金が、簡単に右から左に流れていく。
家にいても、頭の中は仕事のことしかない。
ビールの缶が空になる頃、光希はすべての電話を終えた。
携帯を放り投げ、ベッド脇に置いてある本棚から、国語辞典を取り出した。
辞書の間には、写真が挟んである。
そこには、幼い頃の光希と透子が、桜の木の下で手を繋いで笑みをこぼしている姿が写っている。
この街に来る時、光希が唯一持ってきたものだ。
それを眺めているだけで、地元にいた頃の数々の記憶が蘇ってくる。
その大半は、光希にとっては苦々しいものでしかないのだけれど。
地元に戻りたいなどとは、露ほども思わない。
自ら望んで捨てた場所になど、何の思い入れがあるというのか。
だが、その反面で、時々ふと思い出すことがある。
「はぁ……」
自然とため息が漏れた。
光希は写真を再び辞書の間に挟んで仕舞う。
虐待され、震えながら泣いていたあの頃の、弱いだけだった自分を、誰にも知られない場所へと隠すように。