水面に浮かぶ月
蜃気楼の宴
透子は自室でひとり、クローゼットの奥に隠している、ブリキのおもちゃ箱を取り出して、過去を懐古する。
たんぽぽの押し花が張り付けられたしおり。
お菓子の景品についていたメッキの指輪。
子供の頃、光希からもらったものは、すべて大切に取っている。
あの頃の透子にとっては、それだけが支えだったのだ。
『もう二度と、親に――大人なんかに、人生を踏みにじられたくなんてない』
光希がそう決意して透子に言ったのは、ふたりが『愛育園』に入園して半年ほど経った頃だった。
透子には、光希しかいなかった。
光希にまで捨てられたら私は本当にひとりになってしまう、ひとりは嫌だ、ずっと光希の傍にいたい。
そのために、透子は光希の夢に乗ったのだ。
『ふたりで一緒に』と言い、光希の手を取った。
「……あれから13年、か」
過ぎてみればあっという間だった、とは、思っていない。
辛く、苦しい日々の方が多かった。
でも、もうすぐで、そんな日々も少しだけ浄化されるような気がする。
おもちゃ箱をしまい、代わりにバッグから取り出した顧客情報を記したノートを眺めながら、透子は、もっと太い客を得るにはどうしたらいいかと考えた。
『club S』はキャバクラとは違い、係制で、いわば永久指名のようなもの。
一度、その客の係になれば、その後に何かあったとしても、それは係のキャストの売上になってしまう。
だから、マナミを抜き去り、透子がナンバーワンになるためには、フリーの客を狙わなくてはいけないのだ。
フリーで、おまけに誰もが認める人間でなければならない。