水面に浮かぶ月
帰る支度をしていたら、ロッカールームのドアがバンッ、と開いた。
鬼のような形相のマナミがそこに。
「お疲れさまです、マナミさん」
余裕の笑みで会釈する透子。
マナミはさらに怒った顔で、
「あんた、一体どんな手を使ってあのジジイを落としたの?!」
「私は別に何もしていません。それに、誰を選ぶかは、お客さまがお決めになることですわ」
「それはつまり、八木原が勝手にあんたを選んだってこと?」
昨日までナンバーワンだった人の顔だとは思えない。
透子は笑ってしまいそうになった。
「生意気なことを」
吐き捨てたマナミは、
「人のいいふりをして、猫をかぶって私に近付いて、すべてはこのためだったのね!」
「おっしゃられている意味がよくわかりません。負け惜しみはやめてください、マナミさん」
「ふざけんじゃないわよ!」
マナミはわめき散らした。
その声を聞き付けたのか、ママとマネージャーが慌てたように飛んできた。
「あなたたち、一体何の騒ぎ?」
拳を作って唇を噛み締めるマナミ。
「辞めてやるわよ、こんな店! あんたと同じ空気を吸ってるだけでもヘドが出る!」
『club S』で八木原翁より金を落とす客などいない。
だから、マナミがこれからどう足掻こうとも、売上で透子を越えることができないのは、周知の事実だ。
吐き捨て、去っていくマナミの背を見つめながら、透子は腹の底で、踏み台になってくれてありがとうと伝えてやった。