水面に浮かぶ月
憂いの後に
透子が『club S』でナンバーワンになった。
これは光希にとっても大きなことだった。
光希は事務所の自分のデスクに生けた、1輪の白いバラを眺めた。
「どうしたんですか? 花なんて。誰かにもらったんですか?」
ミーティング前に日報を書きながら、シンは目を丸くしていた。
「買ったんだよ。俺が、自分で」
「意外だなぁ。光希さん、花が好きだったなんて」
あれは、7歳の誕生日のことだ。
光希が『愛育園』に入って1週間だった。
昼に外遊びの時間があったが、心の傷はまだ癒えておらず、とてもそんな気分にはならなかった。
木陰に座り、ぼうっと園庭を眺めていた時のこと。
女の子が、光希の隣にちょこんと座った。
「その傷、どうしたの? 痛い?」
義父に殴られた箇所は、まだ完全には痣が消えておらず、おまけに半袖のため露出している。
光希は咄嗟に腕を隠した。
「よっちゃんも、けいくんも、みんなそんな傷があったよ」
「お前には関係ないだろ!」
光希はたまらず声を荒げた。
好奇も同情も、今の光希にはきつすぎたのだ。
だから、自己防衛本能が働いたのだと思う。
だが、女の子は、悲しそうに目を落とし、
「殴る親でも、いるだけ羨ましい。透子はママに捨てられちゃったから」