水面に浮かぶ月
透子はあの頃、「将来はお花屋さんになりたい」と言っていた。

でも、その夢を捨てて、光希の夢に乗ってくれたのだ。


だから、いつか――老後でもいいから、夢の最果てを見た後は、ふたりで花屋をしながらゆっくり過ごすのもいいんじゃないかと思う。



「うわっ、どうしたんですか? 花なんか飾っちゃって」


『cavalier』の片づけを終えて3階に上がってきた優也も同様に、驚いた顔で目を丸くする。


そんなに俺には似合わないのだろうか。

と、光希は苦笑いだった。



「なぁ、聞いてもいい?」


光希は優也とシンを見やり、



「ふたりはどうして俺の誘いに乗ったの? 仕事なら、他にいくらでもあると思うけど」

「俺は勉強することに飽きたんです」


優也はさらりと言った。


したくてもできない人間もいるというのに。

だが、他人から見ればどんなに恵まれているとしても、本人がそれを望んでいるとは限らないらしい。



「勉強して、いい会社に入れたとしても、結局は奴隷のように人生を終える。定年したら何も残らないじゃないですか」

「………」

「だからこそ、俺は、もっと意味のあることをしたいと思ったんです。人と接することで、人間の根幹に触れることこそ、生きてるってことだから」


賢いやつは、言うことまで違うのか。

光希は思わずうなってしまった。


シンは横から苦笑いで口を挟んだ。



「俺は、生活のためです。自慢じゃないけど、うち、貧乏なんです。オヤジが借金残して死んだ所為で、おふくろは働き詰めで体壊して。だから、俺が働くしかないんですよ」

「………」

「でも、光希さんに拾ってもらえて、今は毎日楽しいです。金のためとか抜きにして、俺自身がここにいたいと思ってます」


優也は、「シンは光希さんの信者だもんな」と笑った。
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