水面に浮かぶ月
迷いの欠片
透子は、光希からもらったリョウという男の資料を何度も読み返し、すべてを暗記した。
資料にある文字から読み取るだけでも、やばい男だということはわかる。
おまけに光希の知り合いらしいから、失敗すればどうなるか。
それでも透子は、ブレスレットに触れ、不安感を振り払う。
店休日、透子はリョウがよく出没するというスタンディングバーに向かった。
BGMは、流行遅れのラブ・バラード。
スタンディングバーの、床から生えたキノコのような丸テーブルで頬杖をつき、店内をうかがいながら酒を飲んでいると、30分ほど経った頃、その男はやってきた。
リョウは、光希からもらった資料にあった写真と同じ服を着ていたので、すぐにわかった。
バーテンから酒を受け取り、携帯をいじりながら店内を歩くリョウを、透子は凝視した。
煙草を咥え、誰かと電話で談笑するリョウ。
それでもじっと見つめていると、電話を切ったリョウの目が、不意にこちらを向いた。
目を逸らさずにいると、思惑通り、リョウがこちらに近付いてきた。
「ひとり?」
笑みだけで返す透子。
「つーか、お前ずっと俺のこと見てなかった?」
「見てたわ。声掛けてくれないかなぁ、って、ずっと思ってたもの」
「何で?」
「さぁ? 一目惚れかもしれない」
透子は一切、目を逸らさない。
リョウは肩をすくめて丸テーブルにグラスを置き、咥えている煙草から煙を吐き出すと、
「なぁ、飯食った? まだならどっか行かね?」
かかった。
透子は内心で勝ちを確信し、「そうね」とだけ返した。