水面に浮かぶ月


あの日以来、透子はリョウと、2日と間を置かずに会うようになった。




仕事の前に食事に行くだけの時もあれば、仕事が終わった後にセックスをすることもある。



リョウの部屋に入れたのも、大きな収穫だった。

リョウの部屋は、築年数の古い、でも普通のアパートといった感じ。


正直、光希からクスリの売人をやっていると聞いていなければ、目つきはともかく、リョウはとてもそんな風には見えないと思う。



「もう寝ろよ。顔やべぇぞ」


いつも通りに行為を終えた後、リョウはベッド脇で煙草を咥えた。



リョウが透子を好きなのかどうかは、いまいちよくわからない。

それでも、決して粗雑に扱われているというわけではない。


リョウは透子が「疲れている」と言えば、抱き合って眠るだけの時もある。


だから、少し、困惑した。

光希から話に聞いていた人物像とは違いすぎていたから。



「お前さぁ、そんなに仕事が大変なら、辞めりゃいいじゃん。その辺のスナックとかガールズバーとかで適当にしてりゃ、今より楽だろ?」


光希はいつも透子に、「まだ足りない」、「もっと上を目指そう」と言う。

なのに、リョウは「辞めればいい」と言うのだ。


今までまわりから、『club S』のナンバーワンという目でしか見られなかった透子からしてみれば、これほど対応に苦慮することはなかった。


しかし、こんな程度のことで心を動かされてはいけない。

透子は強い瞳で言った。



「辞めないわ。辞めるわけにはいかないもの」


立ち止まったら、一気に転げ落ちてしまう。

そうしたら、すべてを失い、私はあの地獄に逆戻りになってしまう。


それだけは嫌だ。
< 72 / 186 >

この作品をシェア

pagetop