水面に浮かぶ月
透子が嘔吐を繰り返すようになったのは、その頃からだった。
ノルマ、ナンバーワンの重圧、ママの目、他のキャストたちとの調和、客の管理。
それに加えてリョウのことと、光希のこと。
透子は押し潰されてしまいそうだった。
「今日は覇気がねぇなぁ、おい」
目を向けると、八木原翁が怪訝な顔をしている。
「風邪を引いただけですよ」
「風邪? ったく、自己管理もできねぇのかよ」
八木原翁が毒づくのは、いつものことだ。
いちいちそんなことは気にしていられない。
「ご心配いただき、ありがとうございます」
透子は受け流すように言った。
しかし、八木原翁は「ふんっ」と鼻を鳴らし、
「どうして俺が、お前みたいなガキの心配をする必要がある? 逆だろうが、逆」
「あら、ひどい」
わざとらしく肩をすくめて見せながら、透子は八木原翁の酒を作って置いた。
巷では、透子は八木原翁の新しい愛人だという噂まであるらしい。
だが、八木原翁がそんな関係を強要してくることはないどころか、透子はただの、話相手でしかない。
「じゃあ、どうして私みたいな『ガキ』のところに、いつも通ってくださるのですか?」
八木原翁は、顎をいじりながら目を細め、
「お前の野心に惚れたからだ。昔の自分と重なる部分もあったのかもしれないが。いい目をしている人間は、それが男でも女でも、俺は好きなんだよ」
「………」
「けどよ、お前がつまんねぇ女になったら、いつでもやめるぜ。俺は、クソみてぇな人間と過ごす無駄な時間が一番嫌いなんだからよ」
たとえ、私生活で何があったとしても、揺らいではダメだ。
この人には、すべて見抜かれてしまう。