水面に浮かぶ月
「何を言ってるの? リョウ。いきなりそんなことを言われたって困るわよ、私だって」


口調は優しいが、言葉は冷たい。

それでもリョウは食い下がり、



「透子を愛してる。お前だってそうだろ? だから、俺と一緒にこの街を出てくれ」


聞いているだけで、嫌悪感で虫唾が走る。

それでも光希は、怒りをこらえるように拳を作った。


透子は一瞬、悲しそうな顔したが、



「無茶を言わないで。それに、私、もうリョウのことがわからない。今までずっと私に嘘をついていたんでしょう? そんな人の言葉のどこを信じられるっていうの?」

「お前に対して本気だったからこそ、言えなかったんだ」

「だとしても、私は仕事を捨てられない。一緒にこの街を出るなんてできない」


いいぞ、透子。



リョウの顔は、みるみるうちに、今まで以上に悲壮になった。

お前なんか、もっと絶望すればいいんだよ。


それが、俺の透子を抱いた、甘い蜜の代償なんだから。




光希は同情するように、でも真綿で首を締めてやるように言う。



「なぁ、リョウ。リョウの気持ちはわかるよ。でも、愛してる女なら、自分の人生に巻き込んじゃダメだよ。そんなことをしたら、彼女が可哀想だ」

「………」

「愛してるからこそ、この場で別れるべきだと、俺は思うけどね。それが男ってもんじゃない?」


リョウは唇を噛み締め、床を殴りつけた。


光希はまた笑い出しそうになった。

透子は顔を伏せ、



「愛してたわ。でも、さよなら、リョウ。もう二度と会うことはないでしょうけど、元気でね」


最後はリョウの方を見ずに言って、透子はきびすを返して部屋を出て行った。


何もかもを失い、最愛の女にまで捨てられたリョウ。

これぞまさに、光希の思い描いた通りの展開だ。
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