水面に浮かぶ月
21歳の誕生日も目前に迫ったある日のこと。
透子は八木原翁をアフターに誘った。
「お前から誘ってくるなんて初めてじゃねぇか?」
言われてみればそうかもしれない。
透子は今まで一度たりとも、自分から八木原翁に何かを求めたことなどなかった。
だが、それも、光希との夢のためだと思えば、どうということもない。
「折り入ってご相談というか、お話がありまして」
「ほう。どうした?」
「近いうちに――遅くとも今年中には、独立を考えています」
「独立ってことは、自分の店を持ちたい、と」
「はい」
強くうなづく透子。
八木原翁は目を細め、
「それで? お前は俺に何を求めている?」
さすがというか、当然というか。
八木原翁は鋭く問うてきた。
「独立してもひいきにしてほしいということか?」
「それはもちろんです。ですが、その前にひとつ」
「何だ?」
透子は八木原翁を真っ直ぐに見据えた。
「いくつか目星をつけている空き物件があるのですが、その中のひとつに、八木原さまが懇意にされている不動産屋が所有している物件があるんです」
「つまりはお前は、俺に口利きをしろと?」
「はい」
目を逸らさない透子。
八木原翁は少しの後、怪訝そうに肩をすくめ、
「口利きをするのは簡単だ。だが、それのどこに俺のメリットがあるっていうんだ?」