雪の果ての花便り
「俺ひとり増えただけで、お金が入りますよ。家事も節約もしなくてよくなる」
「……誰かと暮らすくらいなら、家事も節約も喜んでやります」
「そんなに俺と暮らすのは嫌ですか」
「私は、ひとり暮らしがしたいんです」
今ここに、彼がいること自体ありえないんだ。
連れ込んだのは自分だけれど、考え抜いての決断だった。本当に、本当に、ひと晩だけと決めていた。
そしたら後悔しなくて済むと思ったから。私は、私ができる最大限のことをしたと思えるから。
見知らぬ他人。病院に置いて帰ればよかった。彼が言ったように、それは正論と言えるだろう。
でも私にはできなかったのだ。自分だけ雨に打たれて、折り畳み傘1本だけ差し出す選択を選べなかったように。
――ああもう。どうしてこんなことに。
失敗しないように、慎重に選んだはずなのに。まさか今度は居候させてほしいなんて言われるとは思わないじゃない。
「土下座してもダメですか」
「え? なにっ、待ってください、やめてください!」
土下座しようとした彼に慌てて身を乗り出した。驚きすぎて四つん這いで駆け寄るところだった。
「どうしてそこまで……」
互いのあいだにテーブルがなくなったことで、先程よりも距離が近くなった。
彼は下げかけた頭をおもむろに上げ、私を見つめる。……また、その目。
「俺が昨日、人を探してたって言ったのを覚えていますか」
「……覚えてます」
「昨日はもういいって言いましたけど、本当はよくないんです」
それは、帰る家がないって言ったことに関係あるのだろうか。
「まだここに、いさせてほしいんです」
瞳が濡れているように見えるのは、熱があるからだと思った。昨日のすがるような瞳も、結局は熱があったからなんだろうと片付けた。
それなのに、彼の言葉の節に垣間見える必死さと、瞳から感じる譲れないなにかが、私を惹きつける。
今ここで彼を突き放せば後悔すると、また頭の隅で警報が鳴っていた。
一緒に暮らすなんて無理なのに、どうして彼はこんなにも必死になっているのだろうと考えてしまった。
……欲張りすぎたのかも。
折り畳み傘だけ貸せばよかったのかもしれない。後悔しつつあるそれを、本当の後悔にしないために。私は私のためだけに、決死の覚悟で選択をした。
「ロフトでよければ、好きに使ってください」
彼は段々と嬉しさを滲ませ、腰のあたりで小さくガッツポーズをしていた。