雪の果ての花便り
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私の財布には銀行のキャッシュカードがふたり分入っている。片方は彪くんのものだ。居候を了承した次の日、彪くんが信用を得ようと押しつけてきた。
幾ばくも入っていないのではと思ったし、失くしたと言えば再交付できるものだと知らないのかと思ったが、持っていてほしいと言うので預かっている。
私はなんとなく、彪くんが出て行く合図はキャッシュカードを返してと言われたときじゃないかと予想していた。
「ねえ柚。帰る家があるのに、ないって言うのはおかしいよね」
「なにそれ。どうしたの急に。単に帰りたくないってことじゃないの」
「帰りたくない家ってどういうのだろう」
「さあ。誰かさんみたいに人を招くこともなく、誰にも干渉されず、悠々と、ひとりで、暮らすのが夢なんじゃない」
話をふる相手を間違ったかもしれない。
隣のデスクでパソコンとにらめっこする柚に冷や汗をかきながら、私は会議資料を作成し続ける。柚は「終わり?」と続きを催促してくる。
「……柚はどんなとき、家に帰りたくないって思うの」
「実家暮らしだから、親と喧嘩したときかな」
「他には?」
「んー。短大時代でいうと、彼氏の家に泊まり込んでたときかな。このままずっと一緒にいたいなあ~っ、とか」
猫なで声を出してまで過去を再現してくれた柚は「あたしにもそんな時代があったわ」と嗤う。
彪くんは実家暮らしなのかな。
そんなことも知らないから、私が仕事に行っているあいだ、彪くんがなにをしているのかもわからない。
今朝目覚めると、『先に出るね』というメモと一緒に朝食が準備されており、彪くんの姿はなかった。
しばらくキーを叩く音だけが私の耳に入り、やがてマウスをクリックした柚がつぶやく。