雪の果ての花便り
店を出ると柚がコンビニを指差し、私は詫びの気持ちを込めてコーヒーを買いに行った。
スタンド灰皿の横で一服していた柚は湯気が立ちのぼるコーヒーを受け取ると、顔を背けて冬の外気に紫煙を混じわらせる。
私は柚の隣でマフラーの隙間から流れ込む北風に体を縮こませた。
腕時計を確認する。あと3時間で金曜日が終わる。
「このまま美空さんを待つ?」
しばらく黙ってニコチンとカフェインを交互に摂取していた柚が、唐突に言う。
私は通りに面してさやかな光を灯す〈ZInnIA〉から視線を逸らす。
「待ってどうするの。防寒に特化していない私服で、あと1時間以上もこんな寒空の下に立っていられるのは柚くらいだよ」
「しゃべってれば1時間なんてあっという間でしょうが。根性見せなさいよ」
「コーヒーでチャラにしてもらえるかと思ってた」
「150円でチャラになるくらいなら、亀並のスピードで進んだ恋なんか最初から応援してないっての」
「柚。亀はずっと亀で、うさぎになることはできないよ」
「だからあたしが今まで運んできてやったんでしょうが! アンタ本当にわかってる!? ここ日本! フランスとあそこじゃ、距離が全く違うの!」
〈ZInnIA〉を指差す柚は、いつも以上にしぶとい。
私の家に泊まることは諦めても、泣いて喚く私を見るまで諦めないつもりだろうか。
「飛行機だと半日くらいかかる距離だってことは知ってるよ」
「聞きたいのはそんなことじゃない。見送りだけしたいなんて冗談じゃないわよ。あたしがここまで言ってるんだから、改めたらどうなの」
矢継ぎ早に言う柚の瞳には憂慮の色が潜んでいるように思えて、私はなにも返せなかった。